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総合整体院 コンフォート

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疾病逃避


「あなたの人格の大部分を占めていた夏樹静子の存在に、病気の大本の原因があると思い

ます。この存在を今後どうするのか考えてみて下さい」




と、平木医師が言うと




「元気になるなら夏樹を捨てていいくらいです」




すると

「元気になれるなら、といった取引はあり得ない、無条件で夏樹をどうするかご自分なりの

結論が出たら私に話してください」



その後も痛みは波状的に襲ってきた。



五日目の夕方




「あなたに今までの生き方を聴いてみると、典型的なワーカーホリックですね。一般的にそ

ういう人たちは“倒れてのち病む”といわれる。あなたもそのケースかもしれません。




{疾病逃避}




と言う言葉を聞いたことが有りますか?」



彼女は以前精神科医にそうではないかと言われたことが有った。




「『登校拒否の子供が朝お腹が居たくなるのとな時で、心の中で仕事がやりたくないのだが

その口実が見つからないので無意識に病気をこしらえて逃げ込んでいるのだろう』

と、でもそれは絶対に違います。発症当時私の心はあれも書きたいこれも書こうと張り切っ

ていたのです。ところが身体が言うことを聴かないので無念でたまらないのです」



平木医師は

「いや、疾病逃避は心に反しても起こるものなのですよ。あなたの意識している心は本当に

仕事をしたがっているかもしれない。しかし、あなたの気が付かない潜在意識が、疲れ切っ

て悲鳴を上げているのです。そこで病気になれば休めると考えて、幻のような病気をつく

りだして逃避したのです。“それがあなたの発祥のからくりなのです”」

と言った。




彼女が

「潜在意識がそんな事をするのですか」

と聞くと

「人間に意識の下にはその何十倍もの潜在意識が潜んでいる」

と彼は答えた。



彼女は書いている




“文字通り意識されていない水面下にある潜在意識が、意識に造反して病気を作りだした

という考えに、<私はふと引き寄せられるものを感じた>そう言うことなら私にも疾病逃

避は起こりえたかもしれない"と




「夏樹静子が大本にあるといったのはそのためです。夏樹静子と言う誰にでも知られた大

きな存在を支え続ける事にあなたの潜在意識が疲れ切って耐えられなくなっているのです」



「いえ、わたしはそんな・・・」

そんな大きな作家ではないし立派な仕事をして来たわけでもないのです。と言おうとして

彼女は口をつぐんだ。ささやかな、物書きの営みにすら、非力な私は耐えられなかったのか

もしれない。




「夏樹静子をどうするか真剣に考えてください」



その晩彼女はまどろんだ直後に、痛みではなく耳元の声で眠りを破られた。

「お前はもう治らないのだ」

ありありと聞こえたその声で彼女ははっと目を覚まし。真っ暗な絶望感に心を鷲掴みされ

ていた。










六日目の朝




夏樹静子をどうするつもりか聞いた平木医師に彼女は




「考えているが、少なくとも年間短編3篇、2年に一作くらい長編は這ってでも書きたい」




と答えた。




平木医師は




「あなたはよほど思い切った決断をしなければ・・・それは夏樹静子と言う存在を葬ることです。

夏樹静子のお葬式をだすのですよ」




言葉の出ない彼女に彼は優しく




「命には換えられないでしょう」




そう言われた彼女は本心から同意した。









「休筆ですか?」




「中途半端なものでは無く、スパッと鮮やかに夏樹を捨てて下さい。作家生活への拘りや執着があ

なたの重しになっているのです。執着があっても実際には書けない。その軋みがますますあなたを

責め苛む。作家、作家と言ったって書いてなんぼのものでしょう。名前や肩書だけに振り回されて

苦しむより、見事に手放して御覧なさい」




「夏樹を捨てれば本当に治りますか」




「絶対に治ります」




その後葛藤を続けた彼女の症状は治療後半になっても波状攻撃を続けていた。




絶食療法もあと二日になった2月7日夜半、まるで物陰に潜んでいた魔物が突然姿を現し




たように再び激しい痛みが彼女を襲った。




翌朝彼女は平木医師の顔を見るなり食って掛かったが、

彼は




「治療の道は螺旋階段を上がるよなものです」と静かに言った。








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